広島の日本酒は、なぜ「軟水」で造るのか。西条が三大銘醸地になった理由
「広島のお酒って、やさしい味よね」——店頭でよくいただく感想です。そのやわらかさの理由は、じつは広島の“水”と、それに向き合ったひとりの造り手にありました。
この記事のポイント
- 広島の仕込み水はミネラルの少ない「軟水」で、かつては酒造りに不利とされていました
- 安芸津の三浦仙三郎が「軟水醸造法」を確立し、広島の酒を全国の銘醸地へ押し上げました
- だから広島の地酒は、やわらかく口当たりのおだやかな味わいになりやすいのです
私は東広島で育って、子どもの頃から酒蔵の煙突が並ぶ景色を当たり前に見てきました。大人になってこの仕事に就いてから、西条が灘・伏見と並ぶ「日本三大銘醸地」のひとつだと知って、なんだか誇らしい気持ちになったのを覚えています。でも、お客様とお話ししていると「どうして広島にこんなに蔵が多いの?」と聞かれることがけっこうあるんです。答えは、少し意外かもしれません。広島は昔、“酒造りに向かない土地”だと思われていました。
01広島の水は、やわらかい
お酒の味を決めるものはいくつもありますが、なかでも大きいのが「水」です。日本酒はおよそ8割が水でできていますし、お米を洗う・浸す・仕込むと、造りのあらゆる場面で水を使います。その水に含まれるミネラル(カルシウムやマグネシウム)が多いものを「硬水」、少ないものを「軟水」と呼びます。
広島の水は、この軟水にあたります。西条でいえば、龍王山などから流れ込む伏流水がやわらかい。灘の名水「宮水」がミネラル豊富な硬水なのとは、ちょうど対照的なんです。
02「軟水では良い酒はできない」と言われた時代
明治のころ、酒造りのお手本は硬水で造る灘の酒でした。ミネラルが乏しい軟水では発酵がなかなか進まず、途中で雑菌が入って腐らせてしまう——広島の造り手たちは、そんな苦労を重ねていたそうです。「軟水では良い酒はできない」。当時はそう見られていました。
ここで登場するのが、安芸津町三津(現在の東広島市)の酒造家・三浦仙三郎です。灘を訪ねて水の違いに気づいた彼は、軟水には軟水のやり方があるはずだと考えました。麹をていねいに育て、低温でゆっくり仕込み、温度も記録も衛生管理も徹底する。何度も失敗しては直し、失敗しては直し——その姿勢を、彼は「百試千改(ひゃくしせんかい)」という言葉に込めています。百回試して、千回改める。こうして生まれたのが「軟水醸造法」でした。
その成果は、数字がはっきり示しています。明治40年(1907年)の第1回全国清酒品評会で、広島の酒は本場・灘や伏見を抑えて優等の1位・2位を独占。全国の関係者を驚かせました。“不利”とされた軟水が、工夫しだいで日本一の酒を生むと証明された瞬間です。仙三郎が育てた広島杜氏(三津杜氏)の技はやがて全国へ広まり、この低温でじっくり醸す考え方は、のちの吟醸酒づくりの土台にもなっていきました。仙三郎が「吟醸酒の父」と呼ばれるゆえんです。
03だから、広島の酒は“やさしい”
こうした歴史があるので、広島の地酒は全体として、やわらかく、口当たりのおだやかな、ふくらみのある味わいになりやすい傾向があります。キリッとした辛口が「静」なら、広島の酒は寄り添うような「和」。冷やしても、ぬる燗にしても表情が出るので、食事の隣にそっと置いておきたくなるお酒です。
その中心地が、いまも蔵元が軒を連ねる西条(東広島市)。毎年秋には「酒まつり」でにぎわう、まさに酒都です。西条だけでなく、竹原や呉など、広島には個性ゆたかな蔵が今も40以上あります。同じ“広島の軟水生まれ”でも、蔵ごとに驚くほど表情が違うんですよ。そのあたりを、実際の3本でご紹介させてください。
04広島の軟水が育てた、おすすめ3本
賀茂泉 朱泉(賀茂泉酒造/東広島市 西条)
大正元年創業、米と米麹だけで醸す「純米酒」にいち早く取り組んだ蔵。糖類も酸味料も加えない、まっすぐな旨口です。軟水生まれのやわらかさが素直に出た一本で、まず“広島らしさ”を知りたい方に。
住田屋スタッフの目安:香り=穏やかで米の含み香/味わい=やわらかな旨口、ふくらみ/余韻=さらりとしたキレ ※感じ方には個人差があります
相性:湯豆腐、煮物、鰆の塩焼き。ぬる燗にしても◎
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大吟醸 賀茂鶴 双鶴(賀茂鶴酒造/東広島市 西条)
広島県産・山田錦を32%まで磨き上げた、賀茂鶴の最高峰。2016年のG7広島外相会合の乾杯酒にも選ばれた一本です。軟水の低温じっくり仕込みが生む、澄んだ華やかさをぜひ特別な日に。
住田屋スタッフの目安:香り=華やかな吟醸香/味わい=端正で澄んだ甘み/余韻=すっと上品に引く ※感じ方には個人差があります
相性:鯛や白身の刺身、記念日の乾杯に。よく冷やして
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幻(まぼろし)純米吟醸(中尾醸造/竹原市)
広島県産の酒米「八反錦」を100%、55%まで磨いた定番。竹原の蔵が広島の軟水で醸す、毎日の食卓に寄り添う一本です。軽やかで飲み飽きしない、まさに“食中酒”。
住田屋スタッフの目安:香り=穏やかで軽やか/味わい=八反錦の旨みと軽快さ/余韻=すっきり、やや辛口 ※感じ方には個人差があります
相性:牡蠣、鶏の唐揚げ、普段の晩酌に。冷やでも常温でも
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05よくある質問
- 軟水のお酒は、どんな味の傾向ですか?
- 一般に、やわらかく口当たりのおだやかな、ふくらみのある味わいになりやすいと言われます。硬水仕込みのキリッとした辛口に対して、広島の酒は「やさしい」と評されることが多いです。※味わいの感じ方には個人差があります。
- 「日本三大銘醸地」とは、どこを指しますか?
- 兵庫の灘、京都の伏見、そして広島の西条(東広島市)を指すことが多いです。西条は蔵元が軒を連ね、毎年秋に「酒まつり」でにぎわう酒都として知られています。
- 軟水と硬水の違いは、家庭でもわかりますか?
- 飲み比べると、広島の軟水仕込みはやわらかく感じられることが多いです。冷やす・常温・燗で表情が変わるので、同じ銘柄を温度を変えて試すと違いがわかりやすいですよ。
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広島の“やさしい味”の裏側には、灘の水に一度は打ちのめされ、それでも百試千改であきらめなかった先人たちがいます。そう思って一口ふくむと、いつもの晩酌がちょっと特別に感じられませんか。気になる一本があれば、お気軽にお問い合わせくださいね。(文・廣中ようこ)
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